神宮前 瞬のつぶやきコラム <レストラン編> 小笠原伯爵邸 (2003/10/21 UP!) 平成15年8月 青山からタクシーを捕まえ、恐る恐る「小笠原伯爵邸まで…」。案の定、分かりません。当然ですよ。レストランの名前に「小笠原伯爵邸」ですよ。「3丁目の上田さんち」とは違います。今乗せたこのお客、ナントカ伯爵邸とか言ってるけど、一体ナニモノ?と運転手さんが思ったかどうかは分かりませんが、地図を見せて無事到着。店の前は一通のため、車を近くで止めて歩いて入ったから、運転手さんはとうとう伯爵邸が何なのか分からないままサヨナラー。 今日の私の格好は、DOLCE & GABBANAのワイン色のシャツに、同じくドルガバの黒のパンツ。靴はバーニーズで買ったもの。彼女は洋服のメーカーを聞いても教えてくれないので見たままですが、白のレース地のカーディガンを羽織って、クロスのダイヤのネックレスに、指輪はサファイヤ周りダイヤ多めといった感じです。 入口では優しそうなおじ様がお出迎えして、「ご予約のお名前を」。うーん、いい感じです。でも、一歩店に入ると何だかクサイ。何のにおいだろう?お香でもないような?案内された席はお庭に面したテラス席。でも目の前は工事中なのかヨーロッパの街並みの写真が大きく貼られた壁があるだけでほとんど何も見えません。メニューは7500円のコース料理のみ。予約時にそう伝えられているので、すぐにお料理が運ばれてきます。料理の写真撮影はやんわりと拒否。 ここは、フランスでもイタリアでもなく、なんとスペイン料理のレストランなのです。私の中でスペイン料理と言えばパエリアぐらいしか思い浮かばないのですが、そんなものは当然出てきません。そう、ここは、「小笠原伯爵邸」。どのお料理を食べてもやっぱりフランスでもイタリアでもないんです。確かにおいしい。食べ慣れない味付けなのに、でもやっぱりウマイ。そして、ここ品数が多い。前菜・スープだけで5種。魚が来て、お口直しに、メインの肉、仕上げのお茶漬けが運ばれてきた後、デザートが来るわ来るわの3種類。そして、コーヒーor紅茶。合計13種類。凄いでしょ。一品一品は少なめですが、結構な量ですよ。なんて言ったってそう、ここは、「小笠原伯爵邸」。5種類の前菜・スープとお魚までは若干のブレはあったとしても合格点!私なんかに点数を付けられてたまるものかお思いでしょうが、でもうまい。 そして、しずしずと運ばれてきましたお口直しの「フレッシュミントとレモンのシェイク」。そうです、シェイクなんです。平底試験管のような入れ物の下の方に白いシェイクがちょっぴり入っていて、太めのストローが刺さっています。右隣の着物をお召しになった実に可憐なお嬢様が、おしとやかな顔で「ずるずるずるずるずる」。左隣の白髪の紳士が「ずるずるずるずるずる」。マックシェイクを飲み終わる瞬間誰もが発するあの「ずるずるずるずるずる」がこの瀟洒な建物の中で至る所から聞こえてくるのです。それも皆さんそれなりにお洒落してきて、しかも気取った顔で「ずるずるずるずるずる」。でも、こんなもので驚いてはいけません。このあと、もっと凄いものが…。そう、ここは、「小笠原伯爵邸」。 次にメインのお肉とお茶漬けと称する全然さっぱりしていないキノコ雑炊。そして、そのあとに怒濤のデザート3連発。それにしてもお品書きの最後に書かれている「赤いフルーツ」「パイナップル・ココナッツ」「ココア」「ベイリーズ」ってなんだろう?きっとコーヒーと一緒に出されるプチフールのようなもので、小さなプレートにちょこんと4つ並べられているものだろうと、二人で結論づけたところにちょうど運ばれてきたのです、そのブツが。それは、白い磁器の中でクラッシュアイスに埋もれるように4本鎮座しています。スポイトの先端を長ーくしたようなそいつは、至極丁寧に運んでくれた女性が実になごやかに説明すれど、やはりスポイトです。スポイトの中に色とりどりの液体が入っているのですが、味は駄菓子です。そのスポイトをやはり右隣の着物のお嬢様が、「ちゅう、ちゅう」。左隣の紳士も、「ちゅう、ちゅう」。ここ、最初に申し上げたとおり7500円のコースのみ。満席のお客様全員がホントに美味しい料理のシメにスポイトを「ちゅう、ちゅう」。上を向いて懸命に吸い込む者あり、うつむいて恥らいながら吸い込む者あり。この壮観な眺め、ギャルソンたちが一番楽しめるのだろうなあ。ワタクシ、さっきからずーっと肩を震わせ声をかみ殺しながら笑っていたら、右隣のお嬢様もうつむきながら大笑いしています。シェイクではまだ大丈夫だった人も、このスポイトには勝てません!そう、ここは、「小笠原伯爵邸」。もう、しつこい? 素晴らしい!とっても素晴らしい!こういう張り詰めた空気を一発でなごやかにしてしまう最高のコース料理ではないだろうか!口直しのシェイクだって普通のグラスにスプーンで食べさせればどこにでもある口直しです。最後のスポイトデザートだって、少し大きめのスプーンを4つ並べてその中にその液体を入れて食べさせれば、誰も笑わずにお会計を済ませたでしょう。しかし、40半ばのスペイン人シェフは敢えてこの方法をチョイスしました。日本在住もとても長いようで、日本語もペラペラだそうです。1927年30代当主・小笠原長幹伯爵の本邸として完成し、当時2万坪、現在でも千坪の敷地面積を誇る歴史的建造物の中で腕を振るうシェフは、その重圧までも笑い飛ばすようにスペイン魂を失っていなかったのです。スペイン万歳! 今回の「小笠原伯爵邸」、ハードが良く、しかも美味しいレストランは数あれど、こんなパフォーマンスで私のハートに揺さぶりを掛けてきたので、リターン指数を満点の5に決定!私、思うんですけど、料理の撮影拒否は、あのスポイトを食べた方にだけしか教えたくないシェフの企みじゃないかと。 小笠原伯爵邸 東京都新宿区河田町10-10 TEL 03-3359-5830 (アクセス・都営大江戸線若松河田駅) http://www.ogasawaratei.com/html/index.html